赤ブロ君と行く 旧伊勢街道編 vol.1



たとえ一生に一度でも。人々が憧れたお伊勢さんへの道「伊勢街道」
江戸時代の人たちが「お伊勢参り」で歩いた旧伊勢街道をブロンプトンでたどってきました。
桑名から伊勢神宮まで、約100キロの道のりとなり、昔の旅人たちに思いをはせながら、
ところどころに残る宿場町で一服しながら、伊勢へ向かいました。

冒頭は、かっこよさげな書き出しですが、ブラタモリの丸パクリっす。
距離も約100キロで3日ぐらいでちょうど良さそう。
とは言いつつも具体的には、この本をもとにGPSデータを作成しました。
旧伊勢街道をたどるのであれば、必須かと思います。

5/2(1日目)

桑名~鈴鹿:約28km

桑名と言ったら「はまぐり」です。
お手頃価格で食べれる「はまぐりプラザ」に直行です。
はまぐりのランチ美味しかったです。
ちょっと食べかけですが。
混んでたので予約をオススメします。
桑名名所の一つ「六華苑」
日本の建築の父と呼ばれるコンドル先生の設計です。明治政府に建築の近代化のためイギリスから呼ばれました。生涯日本の建築のために捧げた偉人です。丸の内オフィス街も作ってます。
東海道五三次の桑名。
旧東海道では「宮宿(江戸側)」と「桑名宿」を海上航路で(現在は埋め立てで地つなぎ)「七里の渡し」の船着場がありました。
船からの目印が桑名城の櫓だったそうです。
上の絵にも描かれてる目印の櫓です。感慨深い…
では、チャッピー先生(ChatGPT)に歌川広重のような浮世絵にとお願いするとこんなになりました。今の桑名もいい感じ。
調子に乗って、見出し画像もチャッピー先生に頼みました。
「伊勢国一の鳥居」より、やっとこ桑名出発です。
ここが伊勢街道の出発地点となります。伊勢神宮の式年遷宮に合わせて20年ごとに建て替えられ、建材は、伊勢神宮宇治橋外側の大鳥居や外宮正殿の棟持柱等が譲り受けられてるそうです。
旧伊勢街道は、別名「餅街道」とも呼ばれてました。
お伊勢参りの行動食としてお餅が重宝されたのです。
本日の餅街道
「なが餅笹井屋」さん、四日市では名店です。美味しゅうございました。
藤堂高虎も足軽の頃、笹井屋の「なが餅」を出世払いで食べ「長い餅が武運が長く続く象徴として幸先よし」と気に入り、大名になった後も何度も店に立ち寄ったそうです。
えっ戦国時代からお店あったの?
四日市市に入ると、へんなゆるキャラ看板が目につきました。
後日、調べたら「こにゅうどうくん」なる四日市市の妖怪ゆるキャラでした。舌が伸びるそうで、お餅にちなんだのかな。
「日永の追分(ひながのおいわけ)」東海道と伊勢に向かう伊勢街道との分岐点。
ここも、式年遷宮に合わせて20年ごとに建て替えられるそうです。
ちなみに、このひながから、上の長餅を考案したそうな。
水場があるのですが、東海道を目指す人のために作られたそうです。
ここで手洗いして清めて、伊勢神宮を拝んだそうです。名水でもあって美味しい水でした。
伊勢街道に定期的に常夜灯が立ってます。
形もさまざまで、確認していくのも、楽しみの一つです。
初日のお宿「あぶい旅館」 築100年を超えるそうです。
明治時代に油問屋を営んでおり、伊三郎 の店主の名をとり ”油伊” と命名したそうです。
女将さんから、おススメされた日本酒「鈴鹿川」です。
日本酒に馴染みのない方、ワイン好きな方にも飲みやすいそうです。
口当りよく飲み過ぎそうになるくらい美味しいです。お土産確定です。

vol.2につづく

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