赤ブロ君と行く 平和の街 広島編 vol.5



最終目的地の広島市です。
広島といえば、今やサミットですが、原爆ドーム、広島カープ、宮島(厳島)、広島城かなぁと思います。
お好み焼きは今回のツアーで3回食べたので省きます^^;

広島港を降りると、路面電車が走っていましたが、信号で止まるんです。
あの~、電車が信号で止まって遅れないの?踏切じゃなくて横断歩道?不思議です。
都電は止まらないよなぁ。
港そばの広島みなと公園内の牡蠣小屋へ
牡蠣って焼くと爆発するんです。広島人は平気で焼いてましたが、危なくて落ち着かないことこの上ないです。これからは焼いてくれるお店が希望です。
平和記念公園へ
お題「原爆ドームを見て黄昏る外人カップルと自転車」
原爆の子の像
原爆で亡くなった多くの子どもたちの霊を慰め、世界に平和を呼びかけてるそうです。
広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)
記念式典には首相が来る場所ですね~。沢山の方が被爆し、亡くなられ、悲惨な状況に、二度とこのようなことがないよう、世界中が平和な世の中でありますように。
平和記念資料館、ものすごい行列でした。
この縦横が強調されたディテールは巨匠、丹下健三大先生です。
原爆ドーム・慰霊碑・資料館を南北の軸線に沿って配置し、資料館に大きなピロティを設け視線を通しています。
川の向こうにある原爆ドームまで公園の景観の一部にするとは、さすが巨匠です。
どこかのHPから写真拝借しました。
GWは人多くてこんな写真撮れません。資料館ピロティから一直線に原爆ドームまで望む。
巨匠お見事ですm(_ _)m
6,7泊目のお宿は、バブリーでペントハウスにお泊りです。
今回は4人でワリカンのため、良いところに泊まれました。
7日目は、予報通り雨です。
雨の中、混雑を避けるために始発6:20の渡し舟にて宮島へ。
始発船でも満員状態でした。
厳島神社と言えば、このお方。平家一族のゴッドファーザー平清盛 公です。
満員船から満員行列で厳島神社に向かいましたが、「おっ清盛像じゃん♪」と向かったのは自分のみ。それを見るカミさんは「誰一人眼中にないようですけど」と…
現在の厳島神社の海上社殿の寝殿造りを作った方です!
公家の世から武士の世に変えたパイオニア。日本史上大人物なのに、誰一人見向きのしないとはどういうことでしょうか。まぁ、東大寺を大仏ごと丸焼きにしたし、源氏に滅ぼされたから人気ないのも否めませんが。
名言「平家にあらずんば人にあらず」ゴッドファーザー清盛が言えば、まぁそうっすね!と納得できますが、実は虎の威を借って調子づいてた義理弟の時忠のセリフです。たいそうなこと言っおいて、壇ノ浦後の生き延びたくせ者です。
雨の厳島神社も風情あるでしょうと言いたいとこですが…
やっぱり晴天がいいです。次はカヤックで大鳥居をくぐろうと思います。
束が乗ってるだけで、建物全体も浮く構造だそうです。
さすがに流されることはないのでしょう。
床板も留めてなく、浮くそうな。端っこ留めてるように見えたんですが。
それにしても、素晴らしい建物です。
関白秀吉 公 建立の千畳閣、現存してる神社で立派です。
秀吉は京都でも平家一族縁の六波羅そばに方広寺大仏殿を作ったりと、かなり清盛を意識してたようです。たしか秀吉は平家末裔になったような。(農民出身なので、誰かの婿に入ったことにして平家末裔になったと思った。当時、平氏と源氏の末裔でないと出世できなかったそうな。)
始発船できたので、みやげ屋やってません。空き過ぎてて少々寂しいです。
行きはJRでしたが、帰りは観光がてら路面電車に乗ってみました。
まだ8:30です。
毛利輝元の広島城へ
中国地方全域を支配し織田信長に屈さなかった毛利氏です。
現在の広島の街並みは、毛利輝元が作ったんですね~。今見てもきれいな街並みを戦国時代に作ったことに驚きました。よっ五大老!
次は広島マツダスタジアムへ
駅からスタジアムまでの道名がカープロード。ローソン赤いんです。駐車してる車も赤のマツダです。
いまどきは、広島カープと言えば、菊池選手なんですねぇ。
昭和世代のオジサンには、鉄人・衣笠選手が印象強いです。
カープグッズ購入は、カープ認定赤ワインと、こ洒落たキャップです。
最後に原爆ドーム前に記念写真。
そういや原爆ドームって何の建物だったの?「広島県物産陳列館」要はみやげ屋さんだったようです。
お好み焼き屋「あいちゃん」で打ち上げをし、翌日帰路となりました。(カウンターのいすが可愛かったのでパチリ。)
7泊8日広島横断ブロプトン4台ツアー無事に終了となります。(1名ほど足の骨折が悪化しましたが。)

9連休の長期休暇明け早々に、まさかのコロナ感染で1週間病欠するというオチになりました。

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